湾岸戦争 戦車 キルレシオ

あなたも誰かを助けることができる 「戦争をするのに数を揃えなければならず、ゼロ戦はコストが安かったから、ちょうど良かったのかな?」 上 キルレシオ ピクチャー. だが湾岸戦争の中で、ソ連性t-72戦車は同世代のm1a1戦車に惨敗し、このことは人々に別の啓示を与える。 半導体工業の発展のおかげで、アメリカ式装備のセンサー方面における非常に大きな優勢が戦争の勝負を決定した。 戦闘機って大体ですが、連続して何時間くらい飛び続ける事が 湾岸戦争の概略と陸上戦力比較 | ミリタリーショップ レプマート 生産性価格性能ともに文句なしの航空機になっていました。 空中で止まっていられますか? 変更 ), Google アカウントを使ってコメントしています。 (空中給油は無しで), 地球の戦闘機。特にアメリカのF15やF16などでUFOとの交戦は可能 あなたもQ&Aで誰かの悩みに答えてみませんか?, レシプロ戦闘機(1935~1945)に関しての参考資料を探しています【軍事、飛行機】. 73イースティングの戦い(英語: Battle of 73 Easting)とは、湾岸戦争中の1991年2月26日、イラク・クウェート国境付近においてアメリカ軍とイラク軍との間で行われた戦闘の名称である。, 本記事ではアメリカ軍第2機甲騎兵連隊とイラク共和国親衛隊「タワカルナ」第3機械化師団の戦闘のみを取り扱う。[5], 湾岸戦争終盤、「砂漠の剣作戦」3日目の1991年2月26日午後3~4時ごろ、イラク・クウェート国境付近、通称「73イースティング」においてアメリカ第Ⅶ軍団(英語版)(以下ローマ数字はアラビア数字で表記)所属第2機甲騎兵連隊(英語版)の部隊とイラク共和国防衛隊第3機械化師団「タワカルナ」所属・第18機械化旅団の部隊との間で行われた戦闘。戦車の性能および練度で劣るイラク軍は反斜面陣地でアメリカ軍を待ち伏せしたが、完敗を喫した。, なお、「イースティング」(Easting)とは多国籍軍の作戦地図に引かれた東経線のことで、1イースティングが東へ1Kmに相当する[6]。すなわち、「60イースティング」とは73イースティングの西13Kmのことである。, 1991年2月24日、1ヶ月に及ぶ多国籍軍の対イラク空爆作戦「砂漠の嵐作戦」ののち、多国籍軍は地上侵攻作戦「砂漠の剣作戦」を発動、クウェート側から順にアラブ東部連合軍(サウジアラビア・クウェート・カタール軍)、アメリカ第1海兵遠征軍、アラブ北部連合軍(サウジアラビア・クウェート・エジプト・シリア軍)、アメリカ第7軍団、アメリカ第18空挺軍団の計5個軍団計14個師団がイラク軍43個師団の守るイラク・クウェート領へ突入した。, このうち、アメリカ第7軍団とアメリカ第18空挺軍団は直接クウェートへ突入せずに一旦イラク領を北上ののち東に転針、クウェート北部国境付近でイラク軍を包囲殲滅する、いわゆる「左フック」(left hook)作戦[7]の担当部隊としてイラク領へ突入、第7軍団(フレデリック・フランクス中将)は作戦3日目の2月26日午前中、国境線から150Kmの地点、PLスマッシュにおいて東への転針を開始、PLタンジェリン(73イースティングの西13Km、60イースティング)で転針を完了した。, 第7軍団の所属部隊、第2機甲騎兵連隊(レオナルド・ハルダー大佐)は進出が遅れていた第1歩兵師団の代わりとして、軍団の南から二番目の部隊[8]として午後3時に60イースティングに到達した。本来師団が担当すべき幅30Kmの戦区は第2機甲騎兵連隊にはやや手に余るものがあったが、第1歩兵師団の進出が遅れる一方であり、第2機甲騎兵連隊の北に展開する予定の第3機甲師団(英語版)の機動スペースを確保するためもあって[9]フランクスはハルダーにあくまで「敵情の把握」として前進続行を認めた。, 午後3時25分、第2機甲騎兵連隊所属第2騎兵大隊の部隊が60イースティングの東5Km、65イースティングを突破した。この地点で第2騎兵大隊はE「イーグル」機甲騎兵中隊(ハーバード・マクマスター大尉、以下E中隊)とG「ゴースト」機甲騎兵中隊(ジョセフ・サティアノ大尉、以下G中隊)を先頭に、F「フォックス」機甲騎兵中隊とH「ホーク」機甲騎兵中隊が後続する形で前進していた。砂嵐により視界が1000mにまで低下していた[10]。, 第2機甲騎兵連隊の南には第3機甲騎兵連隊(スコット・マーシー中佐)のI「アイアン」機甲騎兵中隊(ダニール・ミラー大尉、以下I中隊)とK「キラー」機甲騎兵中隊、L「ライトニング」機甲騎兵中隊が前に、M「マッド・ドック」機甲騎兵中隊が後続して前進していた。[11], 1個機甲騎兵中隊は戦車小隊(M1A1エイブラムス戦車×4)と偵察小隊(M3ブラッドレー騎兵戦闘車×6)2個ずつからなり、このほか中隊長車のM1A1が1輌、M577指揮戦闘車が1輌、M106自走107mm迫撃砲2輌がつく。E中隊にはさらに大隊本部から派遣されたM1A1とM3、M981 FIST-V(砲兵観測車)が1輌ずつ随伴した。, 第2機甲騎兵連隊の正面に展開していたイラク軍の部隊が共和国防衛隊第3機械化師団「タワカルナ・アル・アッラー」(アラビア語: توكلنا على الله‎、英語: Tawakalna ala Aẹllah、「神を信ずる」の意、以下タワカルナ師団)所属の第18戦車旅団である[12]。共和国防衛隊の部隊は一般のイラク陸軍に比べて装備・士気ともに高く、たとえばイラク陸軍がT-55(中国製の59・69式戦車含む)戦車やT-62戦車を主力としたのに対して共和国親衛隊の主力戦車は比較的新しいT-72戦車(若干の独自改良を施した「アサド・バビル」型)であった。 ( ログアウト /  アメリカ合衆国の主力戦車の地位を40年近く守り現在も進化し続ける現用最新鋭戦車、M1エイブラムス戦車。, 1970年代からM60パットン戦車系列に代わる主力戦車として開発され、現在も世界最高性能を誇るMBT。, システムとしての戦闘能力は他のどの戦車とも比べられない、別次元の能力を持つ。この戦車TOP10では戦車個体の能力を重要視するので、何故か5位。世界で最も有名な戦車なので異論も多いはず。しかし、その能力を個々に吟味すると、軍事超大国のMBT故の変なところが明らかになるだろう。, 米国の戦車開発はずっと試行錯誤の連続で、M1エイブラムスもかなりの難産だった。本質的に外征軍である米軍にとって戦車の開発は困難である。戦車を、海を越え、遠くに運んでから戦うので、運用しやすさと性能がいつも対立することになる。この点は日本と似ている。, 私が戦車マニアになった模型戦車ブームのころ、冷戦もたけなわで、米ソの軍拡競争は激しかった。ソ連の謎の新戦車が次々と登場し、秘密裏に撮影した解像度の悪い写真がニュースを飾り、中東戦争などでその姿が公になると世界中が注目した。, そのように、ヨーロッパ正面での大規模な機甲戦が実際に想定される時代に、米国が装備していたのは朝鮮戦争の頃に突貫で開発したパットン戦車の改良型であった。今から考えるとそれほどひどい性能でなかったが、TOP10などのランキングにした場合には、レオパルドやチーフテン、74式、T-72などを前に下位に沈んでしまうだろう。, 米国にすれば、第二次大戦中に平凡な性能のM4に頼り切り、その後頻発する紛争に間に合わせるのに手いっぱいで、その場しのぎの戦車を採用するしかなかった。逆に言えば、アメリカ合衆国の強力な産業力があったために、設計上たいした工夫がなくてもそれなりの戦車を生産できたといえる。, T-34とM-26は戦闘力では少しM-26が優位だが、その重量は重戦車並みに重い。これだけ重くても不自由なく動かせるだけの、強力で複雑なエンジンを生産できてしまう工業力がアメリカ戦車の本当の力なのだ。M4シャーマン戦車のように、異なる種類のエンジンを組み合わせ、どれも量産してしまう。M4A4などは元々バス・トラック用の直列6気筒エンジンを5列に組み合わせて使っている(※)。30気筒のエンジンであり、本当なら、部品の交換も大変で故障間隔も短かったはずであるが、個々の部品の精密さと規格化された補給部品の供給能力の高さ、さらに、個々の乗員が普段から自動車に慣れ親しみ、戦車の整備や運用にたけていた。これら全体の要素が組み合わさり、M4の戦闘能力を支えていたのだ。, 良くも悪くも自家用車の延長線上の戦車を開発してきたアメリカも、このままでいいとは思っていなかった。だから、時々悪い癖をだして突拍子もない戦車を開発した。MBT-70がその最たる例で、主砲にミサイル発射可能な両用ガンランチャーを採用した。しかも、実際にM-551シェリダン戦車やM60A2に装備して実戦で使ってしまうところが凄い。MBT-70は当初のドイツとの共同開発が頓挫すると、ほぼ振り出しに戻り、シレイラガンランチャーもあきらめてしまう。ベトナム戦争後の予算不足もあって、ようやく戦車開発を1本化し、仕様もオーソドックスなものにして1970年代末にようやく完成したのがM1エイブラムス戦車であった。, ※アメリカの組み合わせエンジンは戦車に限らない。有名なダブル・ワプス・エンジン、プラット・アンド・ホイットニーR-2800はその名の通りワスプ星形エンジンを二つ重ねたエンジンである。究極形はR-4360で、直列7気筒エンジンを4基つなぎ、シリンダーが螺旋を描くように配している。ピストンエンジン技術の究極形というべき複雑さ精密さであった。, M1エイブラムス戦車が開発されたころはまだアメリカの軍事(自動車)メーカーが元気なころで、M1エイブラムス戦車の試作はクライスラー社とGM社の競争試作で進められた。クライスラー案が勝利したが、その後クライスラーは倒産し、戦車生産部門はGM社に吸収され、ジェネラル・ダイナミクス・ランドシステム社となった。, 試作の段階では、これまでの戦車開発の遺産を詰め込もうとする陸軍と予算を抑えようとする国防総省や政府との綱引きで、主砲の選定だけでもM68からL44、シレイラシステムの改良型などいろいろあった。副武装もブッシュマスター20mm機関砲の搭載が最後まで検討され、TOWミサイルの搭載も考えられていた。, GMの試作車はエンジンにディーゼルエンジンを使用し、全体的な形状は既存のアメリカ戦車に似ている。サスペンションに油気圧式サスペンションなどを採用して、MBT-70の延長線にあるようだ。, 一方、クライスラーの試作車は、制式化されたM1エイブラムス戦車の特徴となった鋭い角度で平低な車体正面を見せていて、ガスタービンエンジンの特色を出そうとしているように見受けられる。第一印象では、クライスラーの案の方が完成度が低いように感じた。GM案がこれまでのアメリカ戦車とドイツ戦車の特色を受け継いでいる点は良し悪しそれぞれがあっただろう。クライスラー案が勝利した何よりの理由は、ガスタービンエンジンの整備性と、全体的にコンパクトで少しだけ生産価格が安かったことではないだろうか。これまでのやみくもな兵器開発から軌道修正を行っていた時期なので、かなりコストに敏感になっていたことは想像できる。また米国議会で批判されていたMBT-70の面影を残さないことも重視されたのではないだろうか。, 全体的にオーソドックスな設計にも関わらず、エンジンにガスタービンを採用する。ハネウェル(旧テクストロン・ライカミング)製 AGT1500ガスタービンエンジンである。気筒数の少ない、エンジンをやたら組み合わせたエンジンしか開発できなかったので(輸入したくないから)、得意の航空機用エンジン技術を使えるガスタービンを採用した。合理的なのか冒険的なのか、どちらにしろ、アメリカ合衆国にしかできない芸当である。, エンジンのターボチャージャー技術はガスタービンエンジンと同じものが多く、出力の大部分をターボに頼ったエンジンは、ある意味ガスタービンエンジンを使っていることに似ているので、あながち、戦車にガスタービンを使うのは冒険的とは言えないかも。, ガスタービンエンジンは特性として軽く、コンパクトで、冷却系が小さくて済むので戦車の制限された躯体内に配置しやすい。多量の空気流入量が必要なために吸排気口とそのエアフィルターの面積が大きくなるが、ホースでつなげる要素であり、M1エイブラムス戦車のように防御区画から切り離して配置できる。エンジンがコンパクトであれば全体の車高を抑えることが出来る。M1エイブラムス戦車は実際にかなり背が低く車高は2.4m、M60の3.3mと比べると1m程度の差があることになる。, エンジン数基分を組み合わせたごちゃごちゃエンジンからの進歩は著しい。見るからにスタイルがいい。, ガスタービンは、高回転時、急加速減速がスムーズで、戦車の加速性能に反映する。機動時にミサイルシーカーの警報に反応して急加減速するのは得意である。但し、この急加減速を行うにはエンジンを高出力での稼働状態にしておく必要がある。タービンに送り込む空気の温度と圧力が一定値まで上がっていないと燃料が不完全燃焼を起こすからだ。ピストンエンジンの場合、起動時にシリンダーなどの回転部品が十分な慣性を得るまでモーターで回す必要があるが、自動車と同様、戦車用エンジンも起動するまで数秒だ。既に高回転でアイドルしていれば、ガスタービンは問題なく加速するが、停止状態からの起動にはピストンエンジンに分がある。今日の戦車用ディーゼルエンジンがコンピュータの制御によりきわめてスムーズに起動、加速、減速できるのに比べ、ガスタービンエンジンの反応はかなり特殊で、操作技術や戦闘機動に特別な配慮が要求される。, 下の動画ではM1エイブラムス戦車のガスタービンエンジンの起動時の様子がよく分かる。信地旋回時に高回転アイドルにするのもわかる, ガスタービンは常にタービンを動かし続ける必要があるので燃費が悪い。1マイルに1ガロンの燃料が要ると言われ(1リットルあたり425m)、実際に燃料タンクは同世代の戦車の倍近い500ガロン(1900L)の容量がある(レオパルド2は1200L)。しかも、AGT1500ガスタービンエンジンは通常、燃料に航空機用燃料JP-8を使用している。, M1エイブラムス戦車は停車時にメインエンジンを切っておくために、補助エンジンを搭載し、発電などに使っている。, ガスタービンの採用の評価は良し悪しそれぞれある。しかし、レオパルド2や90式戦車(10式戦車はさらに高性能な)がディーゼルエンジンで60トンのMBTの問題なく機動させ、サイズも一般の戦車に無理なくまとめられている以上、M1エイブラムス戦車のガスタービン採用は米国が高性能な戦車用ディーゼルエンジンを用意できなかったのだろう。M1エイブラムス戦車の試作車でも、GM案はGM製8V71Tディーゼルエンジンを2基組み合わせたものを提案していた。M1エイブラムス戦車の開発時にMBTの有用なエンジンを開発できていなかった証左であろう。仕方なく採用したと判断するしかない。このエンジンの欠点は戦車の性能だけでなく、部隊運用や補給体制にも影響を与えているので、M1エイブラムス戦車の評価を大きく下げる要因になっている。, ※  HEMTT M978重機動タンカーはM1エイブラムス戦車への補給が主要な任務で、後方の補給集積所から戦場近くまで燃料を運ぶために、不整地走行性能を備えた輸送車である。このような車両を1万両以上も運用しなければならないのは、兵站上の大きな負担で、無装甲の輸送部隊を戦闘地域近くまで送らなければならないのは、作戦上の大きな弱点となる。, M1A1以降はラインメタル製120mm L44砲をジェネラル・ダイナミクス・ランド・システムズがライセンス生産したM256を用いている。, しかし、M1エイブラムス戦車の当初の主砲はL7 105mm砲のライセンス生産版M68A1だった。多量の砲弾在庫があったこと、軍事予算の削減のために少しでも低コスト化するため、中東戦争によりL7でもソ連のT-72を撃破可能な証拠をつかんだことにより、L7でも十分と判断したのだろう。120mm砲を装備できるように設計しており、A1化する際にも特別なトラブルはなかった。120mm砲弾での搭載数は42発、105mm砲弾では55発。, A1以降のL44/M256は世界でも定評のある優秀な火砲である。M1エイブラムス戦車はAPFSDS主砲弾に劣化ウランの弾芯を用いていて、それを複合装甲の中身にも使っている。劣化ウランは核兵器生産過程で出る副産物で、核のゴミだ。ウランは鉄の3倍近い比重を持ち、弾芯にした場合の運動エネルギー量が大きい。さらにセルフシャープニングというウラン特有の装甲侵徹現象(自己先鋭化現象)によって高い貫徹能力をもち、タングステン合金の弾芯の砲弾に比べ10%程度優れているとされる。55口径のL55 120mm砲には劣るだろうが、現状、M1エイブラムス戦車に敵する戦車でM256砲の劣化ウランAPFSDS弾に対抗できる戦車は存在しないので、十分な攻撃力といえる。, 副武装は同軸機銃と車上の機銃で、近年は市街戦に対応してシールド付の機銃ポートをそなえた車両もある。, M1エイブラムス戦車の戦闘力の要は電子センサーと情報ネットワークシステムである。M1A2から装填手ハッチ前方に置かれたCITV車長用全周視察サイトはその名の通り車長に操作される視察装置である。赤外線カメラなどを備え3000m以上遠方の敵を夜間でもとらえることが可能。このサイトで発見した敵の情報は直ちに砲手用コンピュータに伝えられる。完全にスタビライズ(3次元に安定)された視察装置と主砲により、行進間射撃も実用可能レベルである。, 発見した敵の情報や自車の位置情報は、米軍戦術ネットワークによって車内だけでなく部隊や上位の指揮系統にも伝達可能である。当然、情報を受けることも可能で、車内の戦術情報パネルで他車の位置や他の部隊の位置も確認できる。さらに、AH-64Dロングボウアパッチなどがミリ波レーダーで走査した情報も共有可能で、E-8ジョイントスターズのような広域警戒機からの情報も受け取れるだろう。戦車の中にいながら戦場のグローバルな情報をリアルタイムに共有できるのだ。, 米軍は冷戦の終了に伴い、情報化に努めてきた。冷戦の終了で浮いた予算を情報化につぎ込んだともいえる。目に見えるものでは全地球的な通信衛星網とGPS衛星など、見えないものでは、インターネット(インターネットの始祖であるARPANETはアメリカ国防総省の開発したもの)の米軍バージョンといえる情報ネットワーク網やそれに適した通信規格を整備して、次々と搭載していった。現在、世界で3軍(陸海空)がセンサー情報を完全に共有できる軍隊は米軍だけである。, 軍隊での情報共有は言うほどたやすいものではない。戦場ではリアルタイムで処理しなければならない情報が沢山あり、その情報はパケット通信の分散型ネットワークの基本仕様に反するからだ。インターネットの電子メールのようにパケット通信網は情報のリアルタイム伝達を保証しないので、問い合わせにすぐにネットワークが応えてくれるとは限らない。貧弱なリアルタイムシステムの場合は、自分の処理を一定時間で止めて、ネットワークからの情報を確認する。これだと、目の前の処理を一瞬止めてしまうので、その時に敵が攻撃してくると対応できない。だから、戦場の情報システムは、レーダーセンサーなどの情報処理は止めずに、ネットワークからの応答を知ることが出来るように規格されている。リアルタイムセンサーはそれぞれ情報が更新されるタイミングが違うので、それぞれに合わせた処理能力の分担が必要になるのだ。, 海軍は自艦のみで探知できる敵が限られるので、早くから艦隊内外での情報ネットワーク化を進めてきたので、米海軍のみならず、海上自衛隊やNATO各国の海軍も同じ通信規格を採用している。これによって、能力においては、日米海軍は同時目標対処が可能であり、訓練では実際にそうしている。, M1エイブラムス戦車はこのネットワークに属することで、他のMBTとは別次元の能力を持っている。例えて言うなら、丘の向こうの見えない敵も探知でき、戦場を見通すことのできる能力だ。M1エイブラムス戦車乗員の誰もが、かつてのナポレオンやミハエル・ヴィットマンの能力を有しているようなものだ。フランスのルクレール戦車や10式戦車も同様の情報共有の能力を戦車個々に有しているが、自衛隊の10式戦車がAH-64Dの情報を受け取れないことで分かるように、米軍が実現しているような情報処理能力は有していない。自衛隊という組織として能力が無いので、戦車個々の性能うんぬんではない。全員がミハエル・ヴィットマンの戦車部隊を想像するだけで、M1エイブラムス戦車がどれほど圧倒的な強さを持つか分かる。, M1エイブラムス戦車の装甲防御力は世界最高レベルであろう。昔から防御を重視するイギリスのチャレンジャー2戦車よりも防御力は高いと思われる。, 元々イギリスのチョバムアーマーを参考に複合装甲を取り入れ、防御を重視していた。第3世代の戦車なので、第4次中東戦争の戦訓を反映させた対HEAT弾対策、誘爆防止、対戦車地雷対策、自動消火装置などを取り入れている。試作段階でもソ連の主砲の至近弾に抗する装甲を要求された。T-62の115mm砲APFSDS弾を800mの距離から受けても貫通できない装甲を目指したのだ。このためM1エイブラムス戦車の正面装甲は傾斜角が付けられた。初期に複合装甲を取り入れたレオパルド2などより優位な防御力を持っているといえる。, さらに、M1エイブラムス戦車はA1、A2と進化するたびに重装甲になっていき、M1A2では初期のM1の2倍の装甲厚に相当するほどの強化をされているといわれる。均質装甲鋼板での相当厚みは600mmほどになるだろう(RPGや125mm砲の貫徹力から逆算)。つまり、M1A2重装甲型の正面装甲は戦艦大和の46cm主砲の弾丸が直撃しても貫通できない計算だ(もちろん戦車としては破壊される)。, 近年は地雷やIEDなど簡易な対装甲兵器からの全周防御が重視され、M1A2市街戦対応パッケージでは機銃シールド、サイドスカートなどへの爆発反応装甲の追加、地雷防御を加え、地上戦においてはほぼ無敵の防御力を誇っている。米国のリポートでは湾岸戦争時にスタックしたM1エイブラムス戦車に3両のT-72が攻撃を仕掛け、その125mm砲弾を至近から受けたが全く損傷がなかったと報告されている。また、この時には、スタック車両を友軍のM1エイブラムス戦車が主砲で攻撃して破壊しようとしたが出来なかったと言われている。, M1エイブラムス戦車は第3世代戦車の中でも大きな装甲スカートを持ち、この点でも先見の明があった(レオパルド2や10式戦車も最近になって大きな厚いスカートにしている)。TUSKIIなどのパッケージではスカートに爆発反応装甲が加えられ、その上に瓦のような板が追加されている。これは砲塔側面にも追加され、M1エイブラムス戦車が全周防御に腐心していることが良く分かる。T-72に対して無傷を誇ったM1エイブラムス戦車もIEDやゲリラ兵による肉薄攻撃には苦労しているようだ。, アメリカ軍戦車だけに華々しい戦果を誇っている。湾岸戦争を始めとした冷戦後の各地の紛争に投入され、地上戦での決選戦力としての役割を果たしてきた。, 第3世代のMBTで大規模な戦車戦が行われたのはこの戦争が唯一である。M1エイブラムス戦車とT-72戦車はそれを戦ったMBTである。, 湾岸戦争の地上作戦「砂漠の剣」は圧倒的な航空優勢の下に行われ、3千両以上のイラク軍戦車と米軍2550両、イギリスなど多国籍軍約1000両の戦車が大規模に機甲戦闘を展開した。おそらく、史上最後の機甲戦になるのではないだろうか。, 当時イラク軍が装備していたT-72はロシア製の輸出バージョンで、ロシア本国のT-72よりは能力は劣る。M1エイブラムス戦車との性能差は決定的で、戦場で会戦したT-72戦車はM1エイブラムス戦車に一方的に撃破されている。特にM1エイブラムス戦車の防御力や夜間戦闘能力が際立ち、T-72戦車に攻撃の隙さえ与えない一方的な戦闘となった。逆にT-72戦車は脆弱な防御力が露呈し、主砲の125mm砲はM1エイブラムス戦車の装甲を打ち抜けなかった。, この戦争によって、M1エイブラムス戦車はその能力を実証した。現代でも十分な防御力と相手の装甲を貫通できる主砲威力が最重要であることが再確認された。戦場で相手戦車に対抗できない戦車はもはやMBTでない。さらに現代の戦闘では昼夜区別なく戦闘出来る能力が必須で、夜間でも2000mを超える距離で戦闘を行えなければならない。, また、完全に制空権を握り、24時間体制の戦場監視体制があっても、遭遇戦は発生することも分かった。航空攻撃では隠された装甲目標を完全に破壊することはできず、地上戦開始後、かなりの戦闘車両が残っていたことが明らかになった。, 湾岸戦争中に損害を受けて行動不能となったM1エイブラムス戦車はわずか23両で、しかも敵戦車の攻撃で車両が被害を受けたのは2両だけで、ほとんどは味方の誤射であった(劣化ウラン弾によって攻撃を受けているので明瞭に分かる)。優勢であっても戦場は混乱し、あらかじめ想定していないことが起こるのが常だとわかる。, この戦争での戦訓によって、夜間赤外線暗視装置の表示で識別するための標識が必要なことが分かり、CIPと呼ばれるプレートを砲塔周囲に取り付けるようになった。, コソボ戦争はNATOが旧ユーゴスラビアのセルビアのコソボ自治州での紛争に介入した戦争である。NATOとしての初めての大規模な戦争行為で、主に航空機によるセルビアへの爆撃が主体であった。セルビアは米軍などNATO軍との実力差を十分に認識しており、ミサイルや戦闘車両を巧妙に隠し、応戦しなかったため、大多数の戦闘車両、防空兵器は被害を受けなかった。しかし、飛行場や指揮系統のインフラ、産業インフラを全く守れず、実質的に戦闘力を失った。, セルビアの停戦合意後にNATOの地上軍がコソボに派遣された。この派遣部隊がKFORでM1エイブラムス戦車も参加していた。, 「イラクの自由」作戦という、いかにもアメリカ的な作戦名の戦争は、湾岸戦争の延長のような戦争であった。, 湾岸戦争で米軍の力を知っていたイラク軍は最初から正面切った戦闘を避け、大規模な戦車戦などは起こらなかった。イラク政権の力の要だった共和国防衛隊の戦車部隊も市街にこもり、出てくれば空爆された。全土の制圧に1か月強しかかからず、驚異的な侵攻速度だった。, M1エイブラムス戦車はこの戦争でも戦車としての能力を発揮したが、ゲリラ的な戦法に徹したイラク軍によって被害を受けている。市街戦での上部からのRPG攻撃、地雷、IEDなどで、特に戦争後半、イラクの占領作戦中に高性能化していったIEDでは車体が全損するほどの損害を受けるようになった。どれほど、重装甲の戦車でも、全周防御は難しく、逆に目立って攻撃を受けやすい戦車の弱点を露呈した。相手に重装甲重武装の戦車がなく、機動力を発揮できない市街戦では、戦車は役に立たないのだ。, 米軍は、イラク占領中の戦訓に合わせ、戦車砲や対戦車ミサイルに使う対人用榴弾を開発し、早々に配備使用している。, M1エイブラムス戦車はこれまで述べたように今も戦訓を取り入れながら進化している。開発当初のM1エイブラムス戦車と現在のM1A2 SEPなどを比べると全く別物と言って良いほど変化している。特筆すべきはベトロニクス、情報化機器の改良と電子センサーの進化である。次に防御力の強化が重要で、これは戦訓によって改良が続いている。, 当初、M1A2は特別にデジタル化した師団に配備されていた。米陸軍はストライカー装輪装甲車を中心にしたストライカー「軽」師団とこれまで同様の装軌重装甲車両を装備した「重」師団を整備しようとしていた。それと同じように、特別に部隊全体をデジタル化した師団を編成した。M1A2はその師団に優先に配備されていた。, このデジタル化はやがて全軍に及び、しだいにこの区別はなくなっていくだろうが、現在の米国の財政では、すべてのM1エイブラムス戦車をA2化するのは難しいので、当面、アナログなA1を装備した「アナログ」師団も残ることになりそうだ。, M1エイブラムス戦車はかつての敵国イラク軍にも使用されている 既にISに鹵獲された車輛もあるようだ, 105mm砲装備型。最初期型で、105mm砲を装備して生産された。初期には履帯の脱落などがあったために機動輪に脱落防止のために外側に枠が取り付けられていたこともあった。, ちなみに、米海兵隊の正式のM1エイブラムス戦車はこのM1A1のHA重装甲型までが配備された。, 車長用全周視察装置ICTVを搭載していることで外形を識別できるが、本当の改良は戦術ネットワークシステムを導入したこと。FBCB2へ対応し、他のM1エイブラムス戦車や部隊間で戦術情報の交換が可能。車内の電子装置も大幅に改良された。電子機器が増えたことに対応して空調装置なども改良されている。, サウジアラビアやクウェートのM1A2戦車は装甲や一部機能が制限されたダウングレード版で、当然、戦術情報システムなどの機能も使えない。, M1エイブラムス戦車の現在の最新型。市街戦に対応させたタイプ。外部視察能力を向上させるためにキューポラを改良。機銃シールドの追加、発煙弾投射機の改良、車外有線電話の設置など。電子装置も改良され、最新の戦術ネットワークに対応したパネル、ソフトウェアに更新されている。, M1A2 SEPにはTUSKⅠとTUSKⅡの市街戦用防御強化オプションが用意されており、地雷、側面上部からの対戦車榴弾、IEDなど全周からの脅威に対応している。サイドスカートや砲塔側面に爆発反応装甲など追加装甲が付加され、底面にも装甲が追加された。, M1エイブラムス戦車はシステムとして世界最高品質の戦車だ。レオパルド2より防御力などが優秀で、90式など軽量級のMBTならワンサイドゲームになるほどの実力を持つ。しかしながら、それは、いわばスイス製の高級腕時計のようなもので、実に繊細で、手のかかる戦車だ。米軍というゆりかごの中でこそ実力を発揮する戦車といえる。, ベトロニクスの融合においては、他の戦車とは次元の違う兵器になっている。B2爆撃機や駆逐艦ズムウォルト級のように、アメリカ軍以外では運用出来ないだろう。アメリカ軍が現在運用している状態で戦えば、レオパルド2すら相手にならないが、登場時に主砲が貧弱で現在も44口径120mm砲以上の強化がなされていないこと、ガスタービンエンジンの特殊な燃料と莫大な消費量による補給への負担などから、電子センサーや防御の優秀さを勘案しても、レオパルド2の下位にランキングした。レオパルド2が過不足なく戦車に必要な機能を実現したのに対して、M1エイブラムス戦車はまさにアメリカ軍の技術や資産、巨大な軍事費をつぎ込み、性能を物量とネットワークで支えている戦車なのだ。逆に、3.5世代MBTネットワークシステム戦車としては世界唯一で最強の戦車といえるだろう。, 本TOP10では実部隊での運用能力を評価しているので、M1エイブラムス戦車が実運用で最高能力を発揮している点は大いに評価したい。しかしながら、もしM1エイブラムス戦車の代わりにレオパルド2を運用していた場合を考えてみると、同じように最高性能を発揮していただろう。しかも、莫大な燃料負担なしに、割と安く実現したに違いない。, 米国はすでに戦車の新規生産ラインを稼働させていない。つまり、当面M1エイブラムス戦車に代わる新戦車は登場しない。21世紀後半までM1エイブラムス戦車がアメリカ軍の機甲戦力の中核を担うのだ。既にA3タイプの改良型が検討され、今後もさらなる進化を遂げるだろう。無人戦闘兵器が多用され、高度に情報化された戦場では、戦車はかつてのような決定的な戦力でなくなっていくだろう。M1エイブラムス戦車が最後のアメリカ軍MBTになることもありえる。その時、M1エイブラムス戦車は、史上最強にして最後のMBTになるかもしれない。, このサイトは、M1エイブラムス戦車のエンジンについて非常に分かりやすく日本語で解説している, http://sus3041.sakura.ne.jp/contents/calcula/mbt_m1a2_arm.htm, WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 CoD]キルレシオ0.5台だった下手クソがあっという間にキルレシオ ... キルレシオ Netflix 映画 - EigaNetflix.jp. 心あたりありましたら是非とも紹介してください。 ( ログアウト /  歴史カテゴリーよりプラモデル関係の方の方が飛行機そのものの造詣が深いのでは無いかとおもいこちらに質問させていただきました。 対象の機体としてはゼロ戦といった日本の機体を希望しますが、絶対の条件ではありません。 レシプロではヒーローズインザスカイが最高ですが、ジェットではどのゲームが面白いですか? Restarting. まず、戦闘機の主武器であるサイドワインダー、スパローなどのミサイル なにとぞおしえてくださるよう、よろしくお願い申し上げます。, 皆様こんばんは。今回軍用機に詳しい方にお尋ねしたいことは、ナチスドイツのBf110、Ju88(夜戦型)、He219、そして、アメリカのP-38、P-61などといった、所謂双発エンジンを搭載した戦闘機に関することです。これは、わたしの素朴な疑問なのですが、一般的に、WWIIで活躍した戦闘機は、当然単発機ですよね? なぜ、わざわざ双発エンジンの機体を造る必要があったのでしょうか?(特にP-38の存在意義がよく解りません)解りやすくお教えいただけましたらうれしいです。よろしくお願いします。, あなたを助けてくれる人がここにいる 自分でも資料など探したのですが、当時の日本軍航空機の価格表などは発見できず 皆様こんばんは。今回皆様にお尋ねしたいことは、戦闘機の空中戦における、いわゆるキルレシオに関することです。特に、日本のゼロ戦と、アメリカのF-4F、F-6Fに関するキルレシオが知りたいのです。わたしは、まだ子供だった頃は、ゼロ戦は、F-4Fよりも、あらゆる点で優れている、と考えていました。ですが、「サッチ・ウィーブ」などの知識を得るにつれ、F-4Fも、決してゼロ戦に劣らない戦闘機なのだ、ということが解ってきました。また、F-6Fに関しては、ゼロ戦をあらゆる点でしのぐ戦闘機だと考えていました。ですが、F-6Fは、防弾装備などは充実しているものの、それほど優秀な機体ではない、ということも解ってきました。 とても太刀打ちができませんね。 本記事ではアメリカ軍第2機甲騎兵連隊とイラク共和国親衛隊「タワカルナ」第3機械化師団の戦闘のみを取り扱う。 誰かの疑問に誰かが答えることでQ&Aが出来上がり、後で見に来たたくさんの人の悩みの解決に役立てられています。 ( ログアウト /  しかし、戦闘機のコックピットを再現した空中戦のゲームは、圧倒的に少ないです。 その理由は、需要が無いからでしょうか? しかも一つしかありませんでした。カーレースのゲームはたくさんあったのに。  そこで皆様に、ゼロ戦と、F-4F、F-6Fの、現実的なキルレシオをお教えいただきたいのです。よろしくお願いします。, 10年前にもこの様な質問があった様に思います。ゼロ戦:F4F=7:1 とゼロ戦 : F-6F=1:13だったと思います。ゼロ戦は開戦当初1:1のドックファイトです。F-6Fに関しては優秀なゼロ戦パイロットが戦死した為にこのような状況になっています。, ご回答いただきありがとうございました。ゼロ戦:F-4F=7:1という数字には驚かされました。, レシプロ戦闘機(1935~1945位)に関しての参考資料を探しています 73イースティングの戦い(英語: Battle of 73 Easting)とは、湾岸戦争中の1991年 2月26日、イラク・クウェート国境付近においてアメリカ軍とイラク軍との間で行われた戦闘の名称である。. F6Fが登場する頃には日本軍のパイロットの練度がかなり落ちてしまった状況になったので、圧倒的な差となっています。1:19とか、そんな数字がありますね。 ・No2:空中戦について ご見識のある方がいらっしゃいましたら当時の日本軍の戦闘機価格などを教えてください。 どうかよろしくお願いします。, こんにちは ふと疑問に思ったんですが、 ああいうのは、敵機と自分の距離はどれくらいなんでしょうか? 以上です。 第18戦車旅団の部隊は砂丘を前にアメリカ軍を待ち伏せる「反斜面陣地」を作り、戦車や歩兵戦闘車は掩体を作ってハルダウンの態勢を取った。だが時間がなかったので掩体は砂を集めただけの急ごしらえのものであり、砲弾を防げるものではなかった[13]。, 午後4時00分、67イースティング付近において偵察小隊のM3が進路3500m先に戦車用掩体を発見した。それとほぼ同時に別の偵察小隊のM3騎兵戦闘車が1200m南東にある建物群(イラク軍野外訓練センターの司令部)からZU-23-2・23mm機関砲による攻撃を受けた。マクマスターは戦車隊に傘型陣形から横列への戦闘隊形の変換を指示、約1分後にはマクマスター車「マッド・マックス」以下9輌のM1A1戦車がHEAT弾(成形炸薬弾)の一斉射撃を行い、建物群の部隊は沈黙した(ZU-23-2機関砲はM3騎兵戦闘車がTOW対戦車ミサイルで撃破した)。敵が近いことを感じ取ったマクマスターは大隊本部から70イースティングまでの前進許可を得て、また偵察隊に傘型陣形に戻った戦車隊の後ろに下がるよう指示した。, 午後4時18分、「マッド・マックス」を先頭として進軍していた戦車隊が砂丘の頂上まできたところ、「マッド・マックス」は前方約1420mに掩体でハルダウンしている8輌のT-72の車列を発見し、マクマスターはすぐさま射撃を命じた。建物群での戦闘によりHEAT弾が装填されていたままだったので(敵戦車を前にして再装填の余裕はなかった)、砲手クレイグ・コッホ二等軍曹はHEAT弾のT-72に対する威力に不安があったが発射、発見から約7秒でT-72を撃破し、続けてAPFSDS弾(翼安定装弾筒付徹甲弾)によりさらに2輌を撃破した(それぞれ距離600m、400mでT-72でもM1A1戦車の前面装甲を貫通できる距離)。指揮下の戦車小隊と(大隊本部から派遣された)作戦参謀ダグラス・マクレーガー少佐のM1A1も戦闘に加わり、残り5輌も10~30秒ほどで全車撃破され、周りにいたBMP-1歩兵戦闘車も4分ほどで撃破された。前述の建物群の戦闘音を聞いていたイラク軍は建物群のある南西からE中隊が来ると思い込み、砲塔を南西に向けていたため真西から来たE中隊に対応できなかったとされる[14]。またT-72の射撃陣地の前には地雷原があったが地雷の配置がまばらだったのでE中隊は容易に突破することができた[15]。, 午後4時22分、E中隊は前進を再開、70イースティングにおいて数輌のBMP-1を含む歩兵陣地に遭遇した。イラク兵の一部は撃破車輛の炎や煙でM1A1をやりすごし、後方から攻撃しようとしたが後続のM3のサーマルサイトで見つかり、射殺された。すでに前進限度の70イースティングであったがマクマスターは戦闘続行を決断した。E中隊が70イースティングを突破すると南東からT-72・14輌とBMP-1・4輌からなる戦車隊が向かってきたが、E中隊の攻撃により撃退された。, 午後4時30分、「マッド・マックス」が73イースティング周辺の砂丘を登ったところ、円陣を組んでいる18輛のT-72を発見した。マクマスターいわく「敵の車長と目が合うほどの」近距離であったがT-72は逃走を始め、その多くはM1A1により撃破された。午後4時48分、E中隊は73.8イースティングで前進を停止、全周防御のための車輪隊形を組んだ。, 午後4時15分、サティアノはワジ沿いにイラク軍陣地を発見した。視界不良だったもののサーマルサイトにより午後5時までに戦車と装甲車13輌ずつを撃破した。このころからイラク兵と砲兵の攻撃が激しくなり、迫撃砲班が掩護射撃を行った。E中隊と異なり敵に遭遇してもM3が前衛を担当した。, 午後5時40分、新たなイラク軍戦車部隊が出現、そのBMP-1が偵察小隊のM3(チャフィーニ等軍曹)に命中、TOWミサイルが誘爆し、ちょうどハッチを開けていた砲手のネルス・モラー三等軍曹が戦死、車長のチャフィーと偵察兵1名が負傷した。, 午後6時00分、7輌のT-72と18輌のBMP-1が向かって来るとの報告が入った。そこで大隊砲兵に支援を要請し、午後6時15分DPICMのもと支援射撃が開始された。イラク部隊は混乱し午後6時30分にG中隊と交戦したが撃退された。, ほかにも第2機甲騎兵連隊戦区以北・以南の73イースティング上で発生した戦闘は多数あるため。, この作戦は中央軍総司令官ノーマン・シュワルツコフ大将の言葉からアメフトの用語を使って「ヘイル・メリー作戦」と呼ばれることもある。ただし第7軍団長フレデリック・フランクス中将は著書「熱砂の進軍」においてアメフトの試合終了間際に出す一か八かのロングパスを指す「ヘイル・メリー」の名を使うべきでないと主張している。, 河津「湾岸戦争大戦車戦(下)」P19。そのほか第1機甲騎兵大隊正面に第12戦車師団所属第37戦車旅団がいた。, http://www.benning.army.mil/Library/content/McMasterHR%20CPT_Battleof73Easting.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=73イースティングの戦い&oldid=76691705. 当時の戦闘機の価格比較もままならない状態です。 リベットの数が多すぎるなど生産性の問題がよく取り上げられる割に数は沢山容易できたというのがどうも合点がいきません。 そんな陸戦の王者・戦車を手足のように動かす乗員達には、独特の『気質』があると言われます。, 元陸上自衛隊・第71戦車連隊長である木本氏は著書の中で、戦車乗りの性格・気質を一言で言うなら『果断』であると述べています。, 戦車乗りはとにかく、思い切りが良く、また何をするにも即断即決、判断が早いのが特徴なのだそうです。, 90式戦車に搭載されているラインメタル120mm砲では、その初速はおよそ1600m/s前後と音速の5倍、戦闘機の最高速度の2倍以上となります。, 湾岸戦争の際、米軍のM1エイブラムスはイラク軍戦車に対して3000m超の距離から攻撃を仕掛けたと言われていますが、これだけの距離があっても到達までは僅かに2秒前後。, 戦闘機の空戦の鉄則として「ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル=先に見つけ、先に撃ち、先に撃破しろ」がありますが、戦車の場合も「先手必勝、そして初弾命中」が戦場で生き残るための鉄則なのだそうです。, 即ち戦車同士の戦いとは、音速の5倍で飛来する砲弾が、初弾で確実に仕留める意図で放たれる世界。1秒の遅れが生死を左右する過酷な戦いになるのです。, 戦車では写真のように、ハッチから身を乗り出している乗員の姿をよく見かけます(なお戦車の上から顔を出しているのは車長), これは戦車の視野が非常に狭く特に移動時は周囲の状況をよく確認するためという理由もありますが、戦車乗りは時に被弾する恐れのある場所でも、ハッチから顔を出すことにこだわりがあると言われています。, 軍人の間ではこのような言葉が、時にジョークとして、時に真面目に使われるといいます。, すなわち「人間の眼」は非常に優れた観測手段・センサーであるということです。また同時に、自分の五感をフルに活用するからこそ感じ取れるものがあるとも言います。一種の「第六感」ともいうべきものです。, このような『人間の眼』による観測の重要さや、「第六感」ともいうべき戦場の雰囲気を感じ取る能力が非常に重要であるという考えから、車長は危険でもハッチから顔を出す、というのが戦車乗りの考え方のようです。, 現代の戦車は過去のそれと比べて、ハイテク化が進んでいますが、それを操るのが人間である限り、このような「人の強み」も引き継がれていくのかもしれません。, 輸送機やヘリコプターで空高くから地上へ舞い降りる空挺降下。 何度見ても、その迫力には驚かされますが、空挺部隊が使っているパラシュート。 実はいくつか種[…], 1月13日に習志野で行われた第1空挺団の降下訓練始めを観覧してきましたので、早速のレポートです。 現地は当初の天気予報が良い方向で外れてくれて、絶好の[…], 一佐・二佐・三佐 佐官以上は、上記の記事より 三佐の下は一尉、海外だと「大尉」と呼ばれるポジションです。 三佐の記事でも書いたとおり、佐官と尉官では、[…], 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。, 本業多忙で残業続きの為、11月9日更新予定分は11日(水)に更新させていただきます。. また、坂井三郎氏の大空のサムライに出てくる「オーバーブースト」の機能について詳細に記した本を知っていましたら併記していただけたらと思います。 でも、エースコンバットなどの空中戦のゲームはかなり売れているので 湾岸戦争の際、米軍のM1エイブラムスはイラク軍戦車に対して3000m超の距離から攻撃を仕掛けたと言われていますが、これだけの距離があっても到達までは僅かに2秒前後。 更に戦車戦の鉄則として「初弾必中」があると言われます。 あと空中静止出来る戦闘機もあると聞きましたが何時間くらい もしも、戦闘機が対等の武器を持つならレールガンかレーザー光線を 二次対戦中日本軍が最も購入した航空機はゼロ戦だと思いますが ( ログアウト /  だが湾岸戦争の中で、ソ連性t-72戦車は同世代のm1a1戦車に惨敗し、このことは人々に別の啓示を与える。 半導体工業の発展のおかげで、アメリカ式装備のセンサー方面における非常に大きな優勢が戦争の勝負を決定した。

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